『息吹、まなざし、記憶』エドウィッジ・ダンディカット

エドウィッジ・ダンディカットはハイチ出身の作家で、この作品以降はおもに作品社から、エドウィージ・ダンティカの名前で邦訳が出版されている。
これは彼女のデビュー作で、作品中でも重要な色である赤の装丁が目を引く。

主人公は12歳の女の子のソフィー。伯母のアティーと生活している。母親のマーティンはアメリカで働いていて、稼いだお金とメッセージを録音したテープを送ってくる。
ある日、ソフィーは母に呼び寄せられ、アメリカに渡り、新しい生活が始まる。やがてソフィーは成長して、子供が生まれて、そして…というストーリーである。

家族をテーマとする小説は昔からあって、父と息子だったり、母と娘だったり、交叉するものもあれば、何世代にわたるものもある。この本もその一冊ではあるけれど、どういうところが特殊かというと、それはもう舞台がハイチであることに尽きる。

ハイチという国は、フランスから独立を勝ち取ったという栄光とは裏腹に、土地は貧弱で治安も悪いという。本書でも暴力の暗い影がしばしば現れてくる。

そのような国であるがゆえに、自分の体は自分で守らなければならない。そこは理解できるものの、それはこの国に住む女性にとっては過酷なものとなった。

まず誕生した時点で男女の取り扱いに差が生じる。男の子の場合は明るい灯の中で父親と過ごす(たぶん他の家族や産婆もいるのだろう)。
一方、女の子の場合は産婆も去ってしまい、暗闇の中で母親と赤ん坊だけが残るという。母親は娘に何を語るのだろう。

そして、本書でも重要な要素である母親による娘の「検査」である。これがハイチの母娘の関係をいびつなものにしてしまっている。
第一部でソフィーにとって尊敬の対象でもあったアティーは、ソフィーが去ると、実家に戻ることになるのだが、実家では母(ソフィーの祖母)との衝突や酒に走るシーンが描かれる。
帯や最終章にも出てくる「ウリベレ」というのは「軽くなった」という意味もあるようだが、アティーにとっては実家は、重しに他ならないということだろう。

ソフィーはそのような家族の歴史と母親の過去、自分に対して向けられた複雑な思いを受け止めて自立に向けて歩んでいく…筋としてはそんなところだろうか。

個人的には、ストーリーの背景として描かれる暴力が印象的である。ハイチの歴史、政治体制を調べてみるのも興味深い。また、他のカリブ諸国、とりわけ同じ島のドミニカ共和国との比較は面白そうなので機会があれば。