『ピラネージ』スザンナ・クラーク

読み手の想像力に挑むような小説は、年齢のせいか昔からの性分のせいか、なんとなく苦手意識がある。「なんでこうなった」とか「どうしてこうなるのか」という疑問が解決されないまま、展開の方が先に進んでしまって追いつけないような感じになる。以前、スリップストリームというジャンルの本を読んだときには本の厚さに比べて、かなりの苦労をしたものだ。

この作品の冒頭はこんな感じ。

第三北広間が昇ったとき、僕は第九玄関に行った。三つのが合流するのを見るためだ。これは八年に一度しか起こらない。

第九玄関は巨大な階段が三つあるという点で注目に値する。際には厖大な数の大理石のが何にも重なって並び、はるかな高みへと上っていく。

この本は日記形式なので、各項目には年月日が記載されている。最初の章だと「アホウドリ西広間群を訪れた年、第五の月初日の記載」という具合。第一章は館の構造や「僕」が見つけた骸骨、書いている日記、広間に立つ像の説明が書かれている。

この段階で、この世界観に浸ることができればそれはよし。できなかったら、もう少し辛抱してみよう。二章からは「もうひとり」が登場し、館の探索が始まっていく。「僕」と一緒にゆっくりと挑んでいけばいい。自分はFF12のクリスタル・グランデや大灯台などをイメージしながら読んでいった。終盤では「僕」や「もうひとり」の正体、彼らが館にいる理由が明らかになる。この物語は、これらの理由をきちんと説明してくれる点で親切であり、館が「僕」にとってどういう存在であったのか、そしてどのように変化していったのかを描き出したことが特徴的だ。

 

ある程度の数のロールプレイングゲームをプレーしたことのある人ならば、記憶に残っている迷宮なりダンジョンといったものがあると思う。強いボスを倒したり、強力な武器や防具が手に入ったりしたときは満足感が得られたことと思う。その舞台であった迷宮の姿も懐かしい姿として、記憶に残っているのではないだろうか。

この本を読み終わった頃には、この館もその一つに加わっていると嬉しい。現実の慌ただしさに迷ったとき、やさしく迎えてくれるだろう。